秘密保持契約書の達人

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共同研究開発契約書の秘密保持義務:目次

  1. 共同研究開発契約とは
  2. 文科省のひな型に注意
  3. 契約交渉の段階から秘密保持契約書を取り交わす
  4. 「発明の新規性の喪失」・「秘密管理性の喪失」に注意
  5. 新規性喪失の例外と秘密保持義務
  6. 特許法上の手続きでも共同研究開発契約書は必須

共同研究開発契約とは

共同研究開発契約とは、主に製造業者などが利用する技術情報について、企業同士あるいは企業と大学とが、共同で研究をおこなう契約のことをいいます。

 

実務が発展途中の契約=契約書が非常に重要

共同研究開発契約は、法律上の定義がある契約ではありません。契約の分類としては、いわゆる「非典型契約」に該当します。しかも、複数の非常に複雑な契約が入り混じった「混合契約」でもあります。

 

また、近年の国立大学の法人化などに伴い、最近になって件数が増えている契約でもあります。このため、契約条件のうち、特に研究開発の部分については、あまり法令の規定、学説の研究、判例の蓄積などが多くありません。

 

他方、知的財産権の取扱いについては、特許法を中心に細部まで法令の規定があります。

 

このため、研究開発の規定については、法令・判例の不十分な点を補うという意味で、知的財産権の扱いについては、法令の内容を修正・補正するために、契約書の内容が重要となります。

 

なお、共同研究開発契約書は、他の一般的な契約書の実務に比べて高度な専門知識が必要な契約書であり、(管理人の経験上)最も難しい契約書のひとつです。

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文科省のひな型に注意

事実上契約書の作成は必須

共同研究開発契約は、原則として、契約書の作成が義務づけられていません。このため、現行法では、口約束であっても、契約は成立します。

 

もっとも、後で解説するとおり、共同研究開発契約では、研究の成果について、「発明の新規性」の確保、営業秘密としての要件である「非公知性」の確保への対応が必要となります。この点から、事実上、秘密保持義務が規定された契約書の作成は必須であるといえます。

 

共同研究開発契約書では、研究開発の役割の分担、費用負担、進捗状況の報告、成果の報告、成果の知的財産権の取扱い、知的財産権の手続き、ロイヤリティの計算、秘密保持義務などを規定します。

 

現在も残る文科省のひな型の影響

なお、この点について、特に大学との共同研究開発契約においては、文科省が作成したひな型(「民間等との共同研究契約書(様式参考例)」)や、このひな型がベースとなった契約書が使用されることがあります。

 

しかし、このひな型は、現在では非常に多くの問題点が多いため、おすすめできません。特に民間企業にとっては非常に不利な内容が多いため、民間企業の側が大学に共同研究開発契約を申し込む際には、注意を要します。

 

現在、このひな型をそのまま使う大学(特に国立大学)はないと思われます。ただ、各大学が公開しているひな型を分析すると、未だに文科省のひな型の影響(必ずしも良いものではありません)が残っていることが多いです。

 

このため、特に民間企業としては大学が使用しているひな型については、特に慎重に審査・チェックすることが求められます。

契約交渉の段階から秘密保持契約書を取り交わす

共同研究開発契約における秘密保持義務としては、いかなる状況においても、情報漏洩の可能性を考慮しなければなりません。特に、研究成果については、特許の申請をする場合であっても、営業秘密として保護する場合であっても、厳重な情報管理が必要となります。

 

共同研究開発を進める場合、契約交渉の最初の段階から、秘密保持契約を結ぶ必要があります。というのも、契約交渉の過程で開示される情報(研究開発の目的・対象など)自体が、開示者にとっては、すでに重要な秘密情報だからです。

 

また、すでに存在する特定の技術や物体についての改良研究発明の場合、その技術や物体の開示に当たって、秘密保持契約、フィジビリティスタディ契約(共同研究の可否を検討する契約)、MTA(Material Transfer Agreement、マテリアル・トランスファー契約、試料供給契約)を締結します。

 

この際、提供・開示される物体について、所有権が移転するのか(=譲渡)、移転しないのか(=貸与)、また、その物体が特許権で保護されていない場合は、その物体を具現化させている営業秘密の取扱いを明記しておきます。

 

こうしないと、提供・開示される物体についての権利を巡って、トラブルになる可能性もあります。

「発明の新規性の喪失」・「秘密管理性の喪失」に注意

共同研究開発契約の結果である研究成果については、特許権で保護する場合であっても、営業秘密で保護する場合であっても、秘密として保護しなければなりません。

 

これは、「発明の新規性」の喪失を防ぐためと、営業秘密の要件である「非公知性」(場合によっては「秘密管理性」も)の喪失を防ぐためです。このため、共同研究開発契約書では、秘密保持義務を明記します。また、情報の公開についても、禁止します。

 

この点については、特に大学との共同研究開発契約の場合に注意が必要です。大学との共同研究開発契約の際には、教授等による学会での発表、教育目的での学生への開示、学生による漏洩などによって、研究成果が公表されてしまうことがあります。

 

このため、秘密保持義務の規定だけでなく、大学のガバナンスが及ぶような情報管理の条項を規定して、実際に情報を管理する必要があります。

 

参考:大学における学生への情報開示と監督義務

新規性喪失の例外と秘密保持義務

共同研究開発契約の成果が発明の新規性の条件を満たしている場合は、その成果が一方の契約当事者によって公開されたとしても、他方の契約当事者は、発明の新規性喪失の例外(特許法第30条第1項)の制度により、特許の出願をすることができます。

 

ただし、実際にこのような状況となった事例(展示会で一方の当事者が成果を公開した場合)では、次のとおり、秘密保持契約の存在が問われる可能性があります(東京地裁判決平成17年3月10日)。

東京地裁判決平成17年3月10日

特許法30条2項(※)の規定は、新規性ないし進歩性を喪失していることにより本来特許されない発明について、例外を認めるものであるから、発明者の救済措置として必要やむを得ない範囲に限定して解すべきところ、共同発明者の一部や発明協力者が発明を公表したような場合には、共同発明者間、あるいは発明協力者との間で、秘密保持契約を締結するなど、発明の公表を制約する合意が存在しない限り、同項に該当するものということはできない。 本件においては、原告Aと被告との間で、秘密保持契約等の発明の公表を制約する合意が存在したことが認められないから、本件展示会における展示が、同項に該当するということはできない。

(※現在の特許法第30条第1項。強調下線部は管理人による)

このように、新規性喪失の例外の適用を受けるためには、事実上、秘密保持義務が規定されている契約書の作成が必須であるといえます。

特許法上の手続きでも共同研究開発契約書は必須

なお、実際に新規性喪失の例外の適用を受けるためには、秘密保持契約書や秘密保持義務が規定された共同研究開発契約書が必要となる可能性もあります。

Q6-c:「意に反して」公開された発明である旨を意見書や上申書等を通じて説明しようと考えています。何を記載したらよいでしょうか?

 

A:(1)発明が公開された日から 6 月以内に特許出願をしていること、及び、(2)特許を受ける権利を有する者(権利者)の意に反して発明が公開されたことについて証明してください。
(2)の証明については、例えば、権利者と公開者との間に秘密保持に関する契約があったにもかかわらず公開者が公開したという場合には、契約書のコピーを提出するなどして、権利者と公開者との間にその発明を秘密にするという契約があったことを証明することが考えられます。

(特許庁;『平成23年改正法対応 発明の新規性喪失の例外規定についてのQ&A集』平成23年9月 平成26年3月改訂より引用、強調下線部は管理人による)

 

このように、特許法の手続き上、「『意に反して』公開された発明である旨を意見書や上申書等を通じて説明しようと」する場合、「契約書のコピーを提出する」ことにより、「発明を秘密にするという契約があったことを証明すること」が極めて重要となります。

 

この点からも、秘密保持契約書や秘密保持義務が規定された共同研究開発契約書の存在そのものが重要であるといえます。

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