大学における学生への情報開示と監督義務:目次
学生等と大学の関係と秘密保持義務
学生は大学と雇用関係にあるわけではない
民間企業が大学を相手としてなんらかの契約(共同研究開発契約や臨床試験業務委託契約など)を結ぶ場合、その契約には、契約当事者としての学校法人や国立大学法人以外にも、様々な立場の関係者が登場します。
そのなかで、問題となりやすい関係者が、学生やポスドクです。
特に学生は、大学と直接的に労働契約や雇用契約を結んでいるわけではありません。このため、一般的な労働者とは違って、学生は、そもそも大学に対して秘密保持義務を負いません。
それどころか、民間企業との間で、大学が学生に対する指導監督の義務を負うのかどうかすら疑問の余地があります。
このような事情があるため、開示者として大学を相手とした契約を結ぶ場合は、学生による秘密情報の漏洩への対策が必要となります。
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大学が当事者となって学生等と秘密保持契約を結ぶ場合
大学が学生から秘密保持誓約書を徴収する
学生からの秘密情報の漏洩の対策としては、秘密保持誓約書などを徴収することにより、直接的に秘密保持義務を負わせることが考えられます。
この点について、秘密情報の開示者である企業と受領者である大学のどちらが学生との秘密保持契約を結ぶのか、という問題があります。
受領者である大学が当事者となって学生と秘密保持契約を締結する場合、以下のようなメリットがあります。
- 受領者=大学から学生に対するガバナンスが効きやすい
- 開示者=企業としては、何か問題があった場合は、契約内容次第では、大学に責任を追求できる
大学側の監督責任を明らかにする
なお、開示者である企業としては、大学との契約書において、大学の学生に対する監督義務を明記し、学生による情報漏洩について連帯して責任を負う内容とするべきです。
ただし、現実的には大学がそのような対応をしたがらない(またはできない)、というデメリットがあります。
他方、大学側としては、学生が起こした問題については、免責するような内容とするべきです。つまり、監督はするものの、責任までは負わない、という内容にするべきです。
企業が当事者となって学生等と秘密保持契約を結ぶ場合
通常は企業は学生から秘密保持誓約書を徴収しない
他方、開示者である企業が当事者となる場合、以下のようなメリットがあります。
- 開示者=企業としては、学生に対して、直接的に責任を追求できる
- 受領者=大学としては、学生の秘密保持義務違反については、直接的な責任を負わなくてもいい
企業から学生へのガバナンスが働かない
ただし、開示者としては、本来は学生やポスドクとは直接的な契約関係(労働契約・雇用契約など)があるわけではありません。また、実態ととしても管理監督しているわけではありません。
このため、学生やポスドクに対するガバナンスが働かないというデメリットがあります。
また、大学としても、学生やポスドクが大学と企業との間に板挟みになってしまう、というデメリットがあります。
このような事情があるため、通常は、学生やポスドクとの秘密保持契約は、大学が当事者となることが多いです。
学生等への秘密保持義務は有効か?
厳しすぎる秘密保持義務は無効となる可能性も
学生に対して厳格な秘密保持義務を課すことは、その学生の学業・研究に支障が出る可能性があります。
特に共同研究開発契約などに学生が参加する場合、秘密保持義務が課されることによって、その学生が関連する論文を発表できなくなることがあります。
このような過度な秘密保持義務については、批判的な意見もありますので、開示者としては、十分な注意が必要です。
特に、あまりにも厳しい秘密保持義務は、民法上の公序良俗(民法第1条第2項参照)に違反し無効である、という意見もあります。
競業避止義務は無効となる可能性も
また、学生やポスドクに対して競業避止義務を課すことについても、問題となる可能性があります。
これは、憲法で保証されている職業選択の自由(憲法第22条第1項)に抵触し、無効となる可能性があります。
具体的には、企業と大学とが共同研究開発契約を結んだ場合に、研究成果の漏洩の防止を目的として、その企業が、学生やポスドクに対して、競合するライバル企業への就職を禁止することが該当します。
このような場合、企業としては、せいぜい、学生やポスドクに対して秘密保持義務を課す程度に止めておくべきです。
就活の面接で情報漏洩がある場合も
なお、共同研究開発に参加した学生が、就活の面接のおいて、自己PRの一環として、共同研究開発の成果を漏洩することもあります。
このため、企業としては、そもそも学生を共同研究開発に参加せない、という選択肢も考慮するべきです。
学生等による成果の知的財産権の問題
学生の共同研究開発は「職務発明」・「職務著作」ではない
さらに、学生と大学との関係が労働契約や雇用契約でないことが原因で、この他にも様々な問題が生じます。特に問題となるのが、知的財産権の帰属です。
知的財産権のなかでも、特許権と著作権については、それぞれ職務発明・職務著作の制度があります。
これらの制度により、労働契約や雇用契約がある労働者と法人等との関係の場合、その労働者が職務発明や職務著作をおこなったときは、一定の条件を充たすことで、法人等に発明を受ける権利が承継されたり、著作権が帰属したりします。
ところが、この制度は、あくまで法人等との間に労働契約や雇用契約の関係がある場合にしか認められません。
つまり、学生と大学との関係の場合は、職務発明や職務著作の制度のように、当然には大学に特許を受ける権利が承継されたり著作権が帰属することはありません。
知的財産権の権利処理についてはあらかじめ決めておく
このため、特に共同研究開発契約のような知的財産権の発生を目的とした契約では、知的財産権の帰属や移転について、企業、大学、学生の三者の関係において、どのような形で帰属・移転するのかをあらかじめ決めておく必要があります。
そのうえで、実際に研究開発の成果が発生した際には、改めて知的財産権の帰属・移転について同様に決める必要があります。
なお、実際に知的財産権の帰属を決定する際は、学生に対して十分に説明し、学生からの理解を理解を得たうえで合意し、覚書などの書面を取り交わします。
このような適正な手続きを経ていないと、その合意や覚書などの内容が無効となる可能性もあります。